大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和38年(ヨ)171号 決定

申請人 千々岩保式 外二六六名

被申請人 新日本窒素肥料株式会社

主文

被申請人会社が申請人らに対し昭和三八年一一月一日付でなした別紙命令書による意思表示に基づき、申請外南九開発株式会社が申請人らをその従業員として採用するにあたり該命令書中の「一、給与、四、その他の労働条件」に関して採用時における賃金および労働時間が被申請人会社のそれより低下しない労働条件をもつて労働契約を締結することの意思を表示するまでは、被申請人は申請人らを被申請人会社の従業員として取り扱わなければならない。

申請人らのその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請人ら代理人は、「被申請人が申請人らに対し別紙命令書に基いてなした解雇の意思表示の効力を停止する。訴訟費用は被申請人の負担とする。」旨の仮処分命令を求め、被申請人代理人は、「申請人らの本件仮処分命令の申請はいずれもこれを却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。」旨の裁判を求めた。

二、当事者双方の事実上並びに法律上の各主張は、申請人らにおいて別紙仮処分命令申請書(申請の理由の項)、昭和三八年一一月二一日および同年一二月一八日提出の各準備書面にそれぞれ記載のとおり主張し、被申請人は別紙答弁書並びに同年一一月二九日提出の準備書面に各記載のとおり主張した。

三、申請人らがもと被申請人会社水俣工場(以下単に会社ともいう。)の従業員であり、その従業員を主体として組織する合成化学産業労働組合連合会新日本窒素労働組合(単に組合という)の組合員であること、組合が会社に対し昭和三七年二月一日賃金増額等を求めたことに端を発し、会社と組合は長期の争議を経て、昭和三八年一月五日付熊本県地方労働委員会のあつせん案を受諾し、同年同月二一日争議の終結をみたが、会社と組合の間で同日右あつせん案と同一内容の協定が成立し、その賃金協定書第二項が、「水俣工場の過剰人員問題については、会社は水俣工場の全従業員を対象として希望退職者を募る等の方法により整理を行なう。会社は下請業務の再検討等により整理人員の減少に努力し、退職条件については優遇措置を講ずる。連合会および水俣組合はこれを諒承する。」とあり、その協定の有効期間が昭和四〇年九月二〇日までであること、会社は昭和三八年一一月一日付で申請人らを含む三一〇名の者に対し、別紙命令書に基づく意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

四、申請人らは、被申請人の申請人らに対する右命令書に基づく意思表示は会社が設けた解雇基準による指名解雇にほかならず、前記賃金協定書第二項に違反する旨主張するのに対し、被申請人は、本件命令書に基づく意思表示は会社従業員就業規則第五九条に準拠し、これを認めた昭和三八年一月五日付熊本県地方労働委員会のあつせん案に盛られた配置転換としてなされたものであつて、協定に違反するものではないと主張するので以下順次検討してみる。

五、疏甲第一号証ないし第五号証および第八号証によれば、会社と組合との間に、前記賃金協定書の解釈は昭和三八年一月五日付及び同月一八日付あつせん員の回答に従う旨の覚書が交わされており、そのあつせん員の組合側質問に対する回答として、一月五日付で「希望退職者を募る等の方法」とは「配置転換その他当事者の協議により定められた手段、方法をさし、会社が特定の者を指名して解雇することを含まない。」旨が明らかにされ、更に一月一八日には右あつせん案について会社側よりなされた質問に対して、「『希望退職を募る等』の意味は組合に対する回答のとおりであり、一定の基準を設けて該当者を整理することは、会社が特定の者を直接指名して解雇することに含まれない。」旨の回答がなされ、又同日付組合側の質問に対して、右回答中「『一定の基準を設けて』とは当事者の協議により定められる手段、方法の一つを挙げたものである。」旨の回答が出されたことが疏明される。

そこでこれらあつせん員の各回答を折り込んで前記賃金協定書第二項の趣旨を考えてみると、会社の過剰人員問題については、会社は全従業員を対象として希望退職者を募る方法、配置転換による方法およびその他当事者の協議により定められた方法により整理を行なうが、指名解雇をすることができない旨会社と組合との間に協定ができたというべきである。

六、次にその協定に盛り込まれた配置転換とはいかなるものを意味するか考えてみよう。

一般に配置転換なる用語は、通常同一企業体内部において職場ないし職種の変更を来す人事異動を内容とするものであり、本来は人事権の一つとして経営者の経営権に属するものと考えられるので、本件の場合のごとく法主体を異にする他会社への人事異動は一般にいわゆる配置転換には含まれないと理解されるが、疏乙第三二号証の一、二、疏甲第三三号証および疏乙第三三号証によれば、従来被申請人会社においては会社の傘下にある日窒アセテート株式会社守山工場およびチッソ石油化学株式会社五井工場(以下単に前者を守山工場、後者を五井工場と称する。)に対し被申請人会社の従業員を転出せしめた事例が多く、その際人事異動に伴う辞令面においては、一旦被申請人会社を退職しその翌日付をもつて転出会社に採用するという形式をとるが、右両会社とも被申請人の持株会社であり、その営業および人事の面でも被申請人会社と協定を結んでいる等密接な関係があるうえ、これらの異動に際し従業員の労働条件を従前より低下させない配慮がなされていたため、組合においても右のような転出を認めて転出に際する労働条件の引上げを強調し、その結果、会社と組合との間に昭和三一年七月一七日守山工場転出者の取扱についての協定が成立し、更に昭和三五年三月二一日団体交渉の結果同様の協定が締結されるに至り、会社はかかる組合との協定に基づき従業員に対し就業規則第五九条による転勤に準じた考え方で関係会社への転出を命じていたという特殊事情が窺われるので、あつせん案においてはこれらの事情を考慮し、人員整理のための方法の一つとして、前記形式による関係他会社への転出をも配置転換なる用語をもつて把握してこれを採用したものと一応認められる。

以上のとおりあつせん案にいう配置転換は一般に理解されている同一企業体内部における配置転換とは趣を異にし、従業員をして被申請人会社の従業員たる身分を失うに至らしめるものであり、これに対し会社従業員就業規則にいわゆる転勤、転籍は人員整理のため被申請人会社外への転出までをもその内容に含むものとは認めがたいので、これに準拠した業務命令をもつて当然に発令し得るものではなく、従来行なわれていた五井工場、守山工場等への転出は、会社が組合の同意のもとにこれを行つていたと認められるべきものであつて、就業規則にいわゆる転勤又は転籍の規定に基く業務命令をもつてなされたものではない。従つてまた、転出に伴い当然に考えられる労働条件の変更についても、組合との協定があれば、これに盛られた内容に基づいてなされなければならないものと解すべきである。

七、ところで、配置転換先会社を申請人らの主張するように、右の五井、守山各工場にのみ限定する趣旨であつたかどうか、並びに被申請人会社主張のように過剰人員の処理としての配置転換においては労働条件の低下もやむを得ないものとして組合において了承していたのかどうか、については更にそれぞれ検討を要する。

昭和三八年一月五日付あつせん案提示当時、会社と営業および人事の面で密接な関係を有し、既にその点について会社と協定ができていたと認められる関係会社としては五井工場(疏乙第三二号証の一の別紙(二))および守山工場(同別紙(四))が存在していたに過ぎず、従つて当時少なくともあつせん員および組合においてはこれら五井、守山各工場への転出を一応想定して配置転換を考えていたと推察され、そして従来これらの工場への転出は労働条件の変更について配慮がなされ転出前のそれよりも低下するようなことがなかつた(疏甲第三三号証、疏乙第三二号証の一の別紙(四))ことからすれば、配置転換として関係会社への転出に伴う労働条件の変更について、当事者双方少なくとも基本的労働条件の低下をきたすようなことは考えていなかつたとみるのが常識に合する。

右あつせん過程における配置転換関係について守山工場および五井工場のみが関係当事者の発言の中に現われたとしても、それは法主体を異にする関係会社への配置転換としてその転出を認める反面、それに伴う労働条件の変動に関して従前の労働条件を低下させない配慮がなさるべきことを基本的な要件とし、それを協定内容とすることを具体的に明らかにするために右の要件を具備している既存の転出工場を例示したものと理解するのが相当であつて、申請人らの主張するように配置転換先を守山工場および五井工場のみに限定するとの趣旨であると解すべきではなく、又被申請人が主張するように配置転換先の単なる例示であつて、その労働条件の変動について基準を示すものではないという解釈も妥当でない。

そのことは一月五日付あつせん案に盛込まれた配置転換が、前認定のとおり従業員の自由意思に委ねられた希望退職および組合との協議決定(この場合の協議決定は同意約款の趣旨に解すべきである。)を必要とするその他の方法による整理と並列的に位置づけられていると考えられることからみても妥当であるばかりか、その後昭和三八年五月一六日あつせん員が会社と組合に示したあつせん案(疏甲第一一号証)第六項に「従業員の配置転換にあたつては本人の意思を無視した発令を行なわず、労働条件を低下させない。」と示されていることからも裏付けられる。もつとも、被申請人は、右五月一六日付あつせん案にいわゆる配置転換は一月五日付あつせん案に示されている「下請業務の再検討等により整理人員の減少努力」としてなされる配置転換を意味し、一月五日付あつせん案に盛込まれた配置転換とは異るものであり、一月五日付あつせん案に盛込まれた配置転換は、人員整理のためのものであるから、それは必然的に労働条件の低下を予定するもので、組合もこれを諒承した旨主張するけれども、他方においては五月一六日付あつせん案に準拠して行つた五井、野田、守山各工場への七〇名の配置転換について、これを過剰人員処理の一手段として捉えており、従来会社が右三工場へ転出を命じていた処理とも異る旨の主張をもなし(答弁書七四頁)、その間の主張に一貫性を欠く点も看取されるばかりか、更に五月一六日付あつせん案は一月五日付あつせん案の過剰人員問題についての解釈、履行をめぐる紛争に対し、あつせん員の見解をあつせん案として示した(疏甲第一二号証)ものであり、それに示されている配置転換と一月五日付あつせん案に盛られた配置転換と意味を異にすると考えることは、いかにも不自然であつて、被申請人の右主張は採用できない。

右のとおり一月五日付あつせん案に盛り込まれた配置転換先会社は五井、守山両工場に限定したものでないと解すべきであるが、また前認定の事実関係からすると、配置転換先会社は五井、守山両工場をもつて例示されるごとく経営面で会社と密接な関係を有し相互の人事異動について会社と協定を結んでいる会社であることを必要とすると解するのが相当である。

以上要するに、一月五日付あつせん案に盛り込まれた配置転換なるものは、経営面で会社と密接な関係を有し、相互の人事異動について会社と協定を結んでいる別会社への転出をも配置転換と称して人員整理の一方法たることを容認し、その際の発令形式は被申請人会社を退職し転出先たる会社に採用するという形式をとり人事の異動に伴う労働条件の変更について少なくとも労働時間および賃金の点においては異動前のそれよりも低下させないことを内容とするものと解するのが相当である。

八、次に以上のような内容をもつ一月五日付あつせん案およびそれに基づく賃金協定に盛り込まれた配置転換であれば、被申請人会社において、これを自由になしうるか否かについて考えてみる。

疏甲第二号証、同第一二号証、同第一四号証、疏乙第一号証によれば、一月五日付あつせん員回答第一項において、「同日付あつせん案に記載のない事項は当事者の協議により解決すべきものと考える。」と記載されていること、配置転換と同列に考えられる希望退職者の募集に際しても会社と組合が協議を重ねていること、あつせん員としては当初のあつせんに際し、人員整理問題に関して組合と新労組との差別扱いにならないように極力努力していたこと等に徴し、配置転換の具体的実施に当つては会社と組合との間になお協議制がとり入れられたものと認めるのが相当である。そしてその協議制がとり入れられた趣旨は、会社の行なう人員整理が組合との間で理解点に達し、円滑に処理されることが望ましいので、その理解の場を作るために協議をなすことを会社に義務づけたものであると解釈するのが相当であり、組合はこの協議の場において配置転換に伴う労働条件の変動を自己に有利に取決めるために交渉することも又当然許されるものと考えられる。前述した守山工場その他に配置転換された七〇名の従業員の場合、個々の新らしい具体的労働条件は以上の趣旨の協議を経て定められたものと理解できるのである。

九、そこで本件命令書に基づく意思表示について考えてみよう。

本件命令書によれば、会社は申請人らに対し南九開発株式会社へ配置転換を命ずる旨の意思表示をしている。

ところで、会社は前記賃金協定書第二項に基づいて希望退職者を募集する方法で三回にわたり人員整理を行なつて来たが、その第一回希望退職者の募集方法に関して、熊本県地方労働委員会から会社が過剰人員七五〇名を目標として希望退職者の募集をすることを内容に含んだ昭和三八年五月一六日付あつせん案が出され、これと同旨の条項を含んだ協定が同月二一日会社と組合間に成立したこと(疏甲第一一号証、同第一五号証)、会社は右協定に基づいて、希望退職者を募集する方法により人員の整理をしその結果は右目標を遙かに下廻る程度の人員の応募を見たにすぎないこと、およびこれらの事実に被申請人の提出する資料を併せ考えると、被申請人会社においては貿易自由化の影響等によつて企業の体質改善をせまられその企業合理化のため、その主張する程度の人員を過剰人員として整理する必要に迫られていたことが一応窺われる。

しかして疏乙第二三号証、同第二四号証の一ないし四、同第二五号証および同第三一号証の一の別紙(一)によれば、南九開発株式会社は昭和三八年六月一五日設立された会社で、その経営関係および資本関係において会社と密接な関係を有すること、会社と南九開発株式会社との間に同年一〇月二六日会社から南九開発株式会社へ転出する従業員についての身分切替等についての覚書が交わされていることが認められるから、南九開発株式会社も賃金協定書に盛込まれた配置転換先たる関係会社のうちに含まれるものと考えられる。

又当事者双方の主張および疏乙第一号証の二、同第二〇号証ないし第二二号証、同第二六号証ないし第二八号証によれば、被申請人は申請人ら所属の組合に対し再三に亘つて南九開発株式会社の事業内容および退職の条件並びに同会社に配置転換をすることの必要性について説明をし、組合の理解を求めて協議を申入れたこと、これに対して組合は、あるいは南九開発株式会社は一月あつせん案にいわゆる配置転換の配転先ではないと主張し、あるいは会社の主張するような過剰人員は現に存在しないと主張して、会社の申入れた配置転換について実質的な協議に応じようとしなかつたことが認められる。このように配置転換について協議制を取り入れた趣旨に添わない交渉経過を辿つてその協議の目的を果し得る見込みのない場合には、会社が実施しようとする配置転換の基準が合理的且つ客観的なものであり、又その配置転換によつて従業員の基本的労働条件が実質的に低下しない場合に限り、会社は組合との協議義務から解放され、配置転換をなしうるものと解するのが相当である。

ところで疏乙第二〇号証の別紙二及び第三七号証によれば会社は本件命令の対象者を選ぶに当つて、次のような基準によつて申請人らを含む三一〇名の者を選出したことが窺われる。

(1)  昭和三八年四月一日現在で満五二才以上の男子及び満五〇才以上の女子。

(2)  昭和三五年四月一日から昭和三八年三月三一日までの間において次の各号に該当する者。

但し業務上の傷病による者及び昭和三八年八月一日現在で健康体となつた者は除く。

(イ)  傷病により休職を発令されたことがある者。

(ロ)  傷病による欠勤が通じて八〇日以上に及び、又はその回数が通じて一〇回以上に及んだ者。

(3)  病弱者但し業務上の傷病者を除く。

昭和三八年八月一日現在で、

(イ)  休職中の者。

(ロ)  引続き四〇日以上の長期欠勤者。

(ハ)  病弱を理由として遂行すべき業務が限定されている者。

(4)  精神、身体に障害があり、業務に支障があると認められる者。(精神病については、再発の可能性がある者を含む。)但し業務上の理由による者を除く。

(5)  昭和三五年四月一日から昭和三八年三月三一日までの間における考課に従い低位の者。

しかして右基準自体は特に不合理なものを設定したとすべき資料はなく、又右選出基準該当者数が、第一組合所属員と第二組合所属員間に甚だ不均衡な比率を示す結果となつているとしてもその一事をもつて、直ちに右基準が不合理なもの、又は客観性を欠くものと断ずることはできないし、更に右基準該当者の認定そのものが会社の恣意によると断ずるに足る疏明もない。

しかしながら、本件命令書および本件疏明書類を検討してみても、申請人らの南九開発株式会社における労働条件、なかんづく基本的労働条件である労働時間および賃金について、何ら具体的なものが示されていない。そうすると、会社と組合との間の昭和三八年一月二一日付賃金協定書に盛り込まれた配置転換の内容は前説示のとおりであるから、申請人らの南九開発株式会社における基本的労働条件が従来のそれよりも実質的に低下しないということが確定するまでは、なお配置転換の要件は充足せず、本件命令書に基づく意思表示も右配置転換としての効力を生じ得ないものといわねばならない。

なお、被申請人はたとえ本件命令書の内容が前記賃金協定の配置転換にあたらないとしても、同協定において認められた人員整理の方法である基準解雇として有効である旨主張するけれども、前記の各認定事実と前示各疏明資料を総合すると、右協定においては、解雇基準を設けて申請人らを解雇するためには、当該解雇基準そのものの設定につき組合の同意を要することとしたことが認められ、本件においてその基準設定につき組合の同意を得たことの疏明はないので、被申請人の右の主張は採用できない。

一〇、以上のとおり本件命令書の効力は配置転換としては現段階においては未確定の状態にあるものというべきであるから、かかる現状において被申請人が申請人らを会社従業員たる地位を離れたものとして遇することは不当であると云わねばならないが、一方申請人らとしても南九開発株式会社において右の基本的労働条件を従来のそれより低下させない条件をもつて労働契約を締結する意思を表示することにより本件退職命令が将来有効に確定すれば、申請人らは被申請人会社の従業員たる地位を喪失し、本件仮処分による被保全権利を失うに至る関係にあるものである。そうすると、申請人らが被申請人会社の従業員たる地位を喪失するに至るのは、本件命令書に基づく意思表示が配置転換としての効力を生ずるときであり、それは南九開発株式会社が右のような内容の意思表示をすること(南九開発株式会社がこのような意思表示をしないことが確定しているとみるべき疏明はないし、かえつて右の意思表示をする可能性の強いことが窺知される)により随時本件命令書に基く意思表示が配置転換としての効力を持ちうるものというべく、申請人らの現状における被保全権利も将来消滅する可能性のあるものとして把握されねばならない。従つて右可能性を考慮する限り、本件命令書に基づく意思表示を絶対的に無効なものとして将来にわたりその効力を全面的に否定し去ることは申請人らの被保全権利を超えて申請人らを保護する結果となり許されない。

このように、本件命令書に基づく意思表示の効力について、将来にわたり絶対的にこれを否定し去ることが許されない以上、申請人らの被保全権利もその範囲内においてのみ認められるべきものである。

一一、ところで当事者双方の主張並びに本件疎明資料によれば、被申請人会社は本件退職命令を有効なものとして申請人らを既に被申請人会社従業員として遇していないことが明らかであり、労働者である申請人らが使用者側から理由もなくその従業員たる身分を否定されることは、そのこと自体により申請人らに対し回復しがたい損害を蒙らしめるものと解せられる。

一二、従つて申請人らのための本件仮処分の必要性は、前記認定のとおり申請人らの有する被保全権利の限度において、すなわち、被申請人が申請人らに対してなした別紙命令書による意思表示に基づき、申請外南九開発株式会社が申請人らを従業員として採用するにあたり該命令書中の「一、給与、四、その他の労働条件」に関して採用時における賃金及び労働時間が被申請人会社におけるそれより低下しない労働条件をもつて労働契約を締結することの意思を表示するまでは、被申請人会社の従業員であることの地位を仮りに定める限度において肯認すべきものとする。

よつて、本件仮処分申請は主文第一項記載の限度において正当として保証をたてさせないでこれを認容し、その余は失当として却下することにし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 後藤寛治 志水義文 畑地昭祖)

(別紙)

命令書

貴組合に申入れた趣旨により、会社は貴殿に対し、昭和三八年一一月三日付をもつて、南九開発株式会社に勤務のため退職を命じます。

ついては、右配置転換の業務命令に従い、昭和三八年一一月四日よりは、南九開発株式会社へ出社して下さい。

なお、南九開発株式会社への配置転換後の労働条件は、左記の通りであります。

一、給与       南九開発株式会社の定めるところによる。

二、勤続年数     南九開発株式会社に引継ぐ。

三、退職金      当社の退職時に受領すべき退職金は当社において保証するものとし、南九開発株式会社に勤務した期間の退職金については、当社より通算された勤続年数に従い、南九開発株式会社の退職金支給規定により算定する。

四、その他の労働条件 南九開発株式会社の定めるところによる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例